ぽんゆり日記

気になったことを綴っていきます。

集中力を高めるデスノートL座りがやめられない。【デスクワークに疲れた人】

この前妹に「椅子の上でL座りがやめられないの」と相談したら、

「えるすわりって何」と言われた。

f:id:gotoyuri:20160623200856p:plain

伝説の漫画『DEATH NOTE』の頭脳明晰探偵エルである。

エルが常にこの印象的なうんこ座りをしていることは全世界的に有名な事実だ。

 

L座りじゃなくてうんこ座りなんじゃないかという意見も聞かれる。

確かに、「この絵の人は体育座りですか、それともうんこ座りをしていますか」と問いかければ、

64%くらいの人が、「どちらかといえばうんこ座り」と答えるであろう。

 

しかし、うんこ座りよりも格段にコンパクトな型である。

膝を抱え込むように体を曲げ、重心はリラックスしている。全体に丸みを帯びる形であり、背筋への負担が限りなくゼロに近い。

コンパクトなかたちは何かのコスパをよくするのではないだろうか。例えば居場所の無いリビングでの座法はこれがオススメである。胎児のような愛らしいフォルムに、背後から襲われたら限りなく動きにくいこの無防備なスタイルは、誰かの母性を刺激することだろう。あと関係ないがわたしは寝相も胎児型である。

 

L座りはリラックスできる。集中できる。

この折り曲げた下半身を起点にして、上半身は主に前方をみすえて守る。文章の打ち込みも、雑念を燃やす日記も、卵かけごはんもお手の物である。

 

ところで、昔わたしはバドミントンを習っていた。

そこでは、「ホームポジション」というのがあった。「バドミントン」を知らない方のために書いておくと、バドミントンは弾力のある羽付き運動である。すごく速く飛んでくる羽を、すごく速く棒きれで打ち返す競技である。

そのために、下半身が重要になってくる。いち速く羽の落下点にたどりつき、待ち構えて打つのだ。そのために「フットワーク」と言われる、足のステップを覚える。

 

右斜め前、左斜め前、右斜め後ろ、左斜め後ろに、ラケットを振り回しながらリズミカルに足をうごかしていくのである。

f:id:gotoyuri:20160623204659p:plain

このとき、様々な動きをする際に必ず「ホームポジション」に戻る。

右斜め前、ホームポジション、左斜め前、ホームポジション、右斜め後ろ、ホームポジション、左斜め後ろ、ホームポジションである。

あらゆる弾を打ち返すための構えのポーズでもある。

 

わたしにとってのL座りは、主にパソコン作業をする際の、ホームポジションなのだ。

折り曲げた下半身を起点にして、上半身はリラックスしている。これ以上ない猫背だから、背筋への負担がゼロである。私は前方をみすえて文章を打ち込む。鬱な時も躁なときもハレもケもL座りで打ち返す。

 

ただ一つの問題は、長期間にわたってデスクワークをL座りでのぞんだ結果、腰の任意の場所に異様な痛みが走るようになってしまったことである。任意というのは嘘である。

痛い。立っているだけなのに痛くなる。

webで検索しまわったら、「L座法をしていて腰を痛め、骨が変になってしまった。L座法をやめたらすぐ治った。」なる情報をつかんだ。

 

L座りをしなければいいのだ。

第一、上品じゃない。そういえば行儀が悪いし、野性的過ぎる。

モテなさそうである。フリルのついたトップスにスリットの入ったタイトスカートではできなさそうな座り方である。コンサバなファッションより、ダメージ80%位の破れて薄汚れた服がお似合いな座り方である。スーツでこの座り方をしたらさぞシュールなことだろう。

限りなく女子力の感じられない座法なのである。壇蜜様とエレガントに対談できなさそうである。

 

しかしわたしは女子力向上に興味がない。行儀が悪くてワイルドなことの何が悪いのだろうか。

それで集中できてリラックスできるのなら何が悪いのだろうか。わたしはまったく意に介さない。I don't mindである。しかし壇蜜さまには会いたい。

そして腰が痛いのは嫌なのである。

 

デスクの椅子に座る。パソコン作業をする。ダイニングテーブルでごはんを頂く。

そんなとき、L座りをしたくなる。どうも、L座りをしていないと、二本の脚が手持無沙汰で(足もち無沙汰で)、所在ない感じがしてしまい、不安におそわれる。

 

Lすわりが腰を痛めることはわかったから、仕方なしに片L座りをする。

私は右利きなので、曲げるのは左足である。こうすると右腕は無限に動くことができるのだ。しかし片方しか曲げていないと、安心感もどうやら半減である。

安心感も半減、腰の痛みも半減ならば、わたしは短時間でのL座りを選択しよう。

うち震えるような幸せも悲しみもないが生涯一定程度安定している人生より、

わたしは腰が砕けるほどの幸せも悲しみもある人生をえらぶのだ。

腰砕けたくない。悲しいのもいやだ。忙しいのも暇なのも辛い。ある程度苦しんで、ものすごく幸せになりたい。いまこの瞬間この変なブログを書いているときは幸せである。

 

そうだ背筋をのばせばいいのではないだろうか。

しかし「Lすわりでの背筋のばし」は難易度が高い。

難易度は高くないが長時間できない。くたびれきった背筋を背負い、伸ばし続けることができるファイトのある人間ならくだらないブログなど書いていないだろう。そんな人間は、毎朝5時に起きて10キロ走り、シャワーを浴びて誰より早く出勤。生産効率向上のためにあらゆる工夫をして、年収は1200万円突破。妻は美人で洗練された仕事をし、マンションはごてごてした豪華なものではなく、人生の断捨離の済んだ、厳選されたお気に入りの家具で統一され整えられた部屋に住んでいる。人柄は気取ったところがなく気さくで、口癖は「あ、それ面白い」である。前向きさの塊だ。そんな生活をしていればいいのだ!そんな生活をしている人間は、日本に2000人くらいいるだろう!うらやましい!

 

 うらやましいとまっすぐに言える程度には、私は落ちこぼれていると言える。

うらやましいとまっすぐに言える程度には、自分の卑屈さの悪化をくいとめる努力をしていきたい。もしくは突き抜けた卑屈の人間になるよう心あらためる。そんな軽いタッチで生きていきたい。迷走しても生き切りたい。毎日ブログ書いて幸せに暮らしてやる。

 

L座りをすこしやめて普通の座り方をすると、途端におしとやかな気分になってくるから不思議である。おしとやかな気分と、ワイルドな気分と両方たのしむことができるのが座法開発の醍醐味である。

今後もさまざまな座法を開発するなど、無職でもできるさまざまな可能性を開き直って模索していく所存である。