エリンギを職場に持って行ったら少しだけ幸せになった話
会社がつらい
職場は幸せですか、活気に満ちてますか、適度な親しみは溢れていますか、話しかけますか。そこに笑顔はありますか?
私はありませんでした。
会話も無ければ目線が合うこともない、がんばってねありがとうそういった愛ある言葉は私の職場を知りません。
笑顔はありませんでした。口は半開き、目は腹わたを取り出され死にゆく魚のように暗く、上司に今まさに怒られるのではないかと震えておりました。
仕事に向かう前日から、私の体はだるく重く、ソファから立ち上がるのが困難でした。通勤の電車では吐き気を催します。職場に近づくと、鼓膜が塞がります。疲れやストレスで塞がることがあるそうです。
「そんな職場辞めておしまいなさい!」
私もそう思いました。問いかけました。自分に。なぜ辞めないの?と。
私はわかりませんでした。私は直感を大事にするタイプです。辞めたい…行きたくない…でもそれは今ではない、と思ったのです。心も体も職場に行きたくないと泣いているにも拘らずです。
今思えば、何かを待っていたのだと思います。
エリンギを職場に持って行く
ある日曜日、私はすべての商品が100円であるお店に立ち寄る機会に恵まれました。なぜって、外食先の目の前に、その店があったから。理由はそれだけでした。私には欲しいものなど無かったのですから。
しかし、店の中を歩き回る1歳児を追いかけていたところ、それを見つけました。
エリンギ、でした。
パッと見たところ、エリンギでした。エリンギでできたメモ用紙、メモ用紙でできたエリンギ。私は「もう、どちらでもいい」そう思いました。大嫌いな職場のデスクが思い浮かびました。電話に出るという仕事を私は沢山していました。少しくらい、楽しくなる工夫をしてみようか。
「あっした」
レジで最小限のひらがなで購入に際しての礼を伝える定員の男から私は品物を受け取りました。
今こうして、わたしの手には、エリンギがありました。
月曜日。
通勤途中の電車の中、私はやはり体が重たいなと思いました。鼓膜も塞がってまいりました。でもカバンの中にエリンギがあったので、試したいことがあったので、まだ今日は行くことにしました。
オフィスのドアを開けると、私はいつものヒリヒリするような空気を感じました。緊張感というか、親しみやすさとは程遠い、乾いた感じ。長期間空気の入れ替えをしていない室内は、濁った空気に満ちています。
しばらくは通常通り業務を行いました。電話を取り、webを更新し、在庫を確認しました。田中さんに電話を取り次ぎ、竹本さんに電話の相手の名前を間違えて伝えて無視されました。
次に、その電話は鳴りました。
「社長、いますか?」
相手は社長と話したい気分です。今すぐにお繋ぎしたい、私はそう強く願いましたが、あいにく社長は商談中です。その旨をお伝えすると、相手の方は言った、11時ごろ、また掛け直しますーー
受話器を置き、私はあっと思いました。
カバンの奥に入れたままの、エリンギのことを思い出したのです。実際、これを取り出すことすら恐ろしい思いがします。後ろから誰かに監視されているのではないか。また何か言われるのではないか。しまい込んだままだったエリンギを、私は電話の勢いのまま、取り出しました。
デスクにエリンギを置いた。
エリンギは、私に語りかけてくるようでした。
「使えばいいじゃない」
私はハッとした。エリンギを1枚むしり取ると、ペンを力強く走らせました。
....再度TEL下さるそうですーー
私は、ペンを置くと立ち上がりました。社長のデスクに、エリンギを置くために。
30分後、社長が席に戻ってきました。
そして、社長から発せられたのは次のようなものでした。
「ブフォッ」
私は、大いに満足しました。
ーエピローグー
職場で少しの小笑いを起こしたいーー私はそう願いました。そして叶いました。
社長以外にも離席中の人の机に置いたり直接手渡したりしました。皆、なんだこれと変な顔をしたり、笑ってくれたりしました。これは、私の「少しでも楽しく過ごしたい」という防御であり、「楽しくやってみせる」というアピールであり攻撃でもあり、職場の人へのプレゼントでもあります。
ありがとうもがんばってるねも交わされずにしかめ面で仕事をしている職場の方達を見ていて、なんとなく、「仕事やってるふう」に見えることがありました。笑わずに、仕事っぽくしなきゃいけない、というような。淡々と、ただ手を動かすことで感動や感情を捨て置くことがプロであるというような、ふり。
仕事は楽しいものです、人と関わることは楽しいものです。
私はそういう信念を基本的に持っています。だから辛かった。もうちょっと楽しく働きたかった。少しの、イエーイ要素があってもいいのではないか。少しふざけてテンション上げて、笑って毎日帰りたい。私はそう思います。
ちょっと小笑いが起きて、だからなんなのか、それは居心地がほんの少しそれまでよりよくなるという、結構大きな変化です。笑顔で話しかけてもらえることが増えたような気がします。「こいつは職場を楽しくしようと思っているんだ」そのように、私の気持ちが伝わっているように感じました。
そういうのを、信頼関係と呼ぶのではないか、という気もしました。一緒にやっていこうぜ、楽しくさ、というような。
つらいつらい仕事なんて、辞めてしまえばいい。離れればいい。怖い人と無理して一緒に過ごす必要なんてない。でも辞める前に、一つくらい面白いことを試してみるのも、悪くはない、かもしれません。
ちょっとお菓子をあげてみたり、変な電話メモをあげたり、チャットでいいねをつけてあげたり。もっとほめあったり、ありがとうを返す。できることは色々ある。
沢山の工夫。がんばろうねといういい空気がありますように。
職場でハッピーに過ごせる人が、増えますように。