インカのめざめでポテトサラダを
先日近所に素敵なお店を見つけた。
店先にずらりと並んだダンボールには、じゃがいもの銘柄ばかり書いてある。男爵やメークインだけではない、シャドークイーンだの赤いのだの紫のだのが普通に置かれていた。
私は感動した。見たことのないイモが、食べたことのないイモが、こんなにあるのだ!
中でもインカのめざめがあるのを見つけて、パァァァと目の前が明るくなった。
あの!インカのめざめがあるではないか。
伝説の1人飲みアニメ『ワカコ酒』に出てくるインカのめざめのおいしそうなポテトサラダ。あのシーンは、全国のポテサラ好きを打ちのめしたはずだ。え、インカのめざめのポテサラなんて、食べたことない…と。
かくいう私もその1人。その味には想像もつかない。ねっとりした味か。おいしいお味か。
インカのめざめの入ったダンボールは、黄金に光って見えた。実際はただの小ぶりなイモとダンボールなのだけれど、それくらいの勢いで、私を魅了した。
見つけたその日は急いでいたので早歩きで帰宅した。しかし黄金のイモのことは決して頭から離れなかった。
そして今日。なんの用事もなく、体調も天候も上々だ。私は庭のヤシの木を見ながら(想像)、朝食のコーヒーを飲み、行こう、と思った。
インカのめざめを求めて。あの南の黄金を探しに…!
もう気分はインカ帝国を探しに船出する大航海時代の探検家である。目指すは黄金。
私は心にテンガロンハットをかぶり、ベビーカーをゴロゴロ転がしながら歩いた。道は平坦でところどころ信号があり、たまにじいさんとすれ違った。
15分後、目的の店に着いた。長く険しい冒険であった。
まず店が開いているかを懸念していたが、私が今月はラッキーな運勢のためか開いていた。先客のじいさんがおり、ベビー連れの私をジロジロ見てきた。私はヌゥと見返したが特にじいさんに用事はないのですぐにイモを見ることにして目を逸らした。
イモは今日も無事だった。インカのめざめもある、紫のイモも赤いイモもある!端から順に買っていって、全部ポテトサラダにしよう。食べくらべをしよう!そう私はポテトマスター、ポテサラマスター!
私の心は夢でパンパンに膨らんでいた。鼻の穴もプウと膨らんでいた。
そうして意を決して店主に言った。
「インカのめざめを300g下さい」
すると店主は「はいよ」とそばにやってきた。
「個数でも買えるよ。何個植えるかでさ」
私は「えっ」と思った。雲行きがあやしい。
「えっ植えません、食べたいんですけど…」
店主「食べられないことはないけど、農薬もついてるしなあ。他人には勧められないなぁ」
ふと見上げると、店の看板には「◯×種苗店」と書いてあった…
私はダンボールにただずむ種イモのインカのめざめを見て、看板をもう一度ながめ、店を後にした。
しかし、心に1度かぶったテンガロンハットは簡単には脱げなかった。もう迎え入れる準備をしていた、私の舌もそれを許さなかった。
インカのめざめを、手に入れるまでは!
(続)