知らん小学生2人と遊んだ話
もくじ
保育園入園とわたし
4月の晴れた日。
子が保育園に入園した。
保育園の入り口で子は泣いて、私に抱きついて、私も泣いた。
子は先生にひきはがされて園の中に入って行った。外まで泣き声が聞こえてきた。
子は泣いた後保育士さんに慰めてもらえるが、私はひとりぼっちである。
園を出ると、自分が空っぽになったような感じがした。
今まで24時間一緒にいたのに、嫌でも一緒に過ごしてきたのに、その中で楽しいことやいろんな発見があったのに、むりやりにでも一緒に過ごす時間はもうこない。ありあまるほど長く感じる1日を、どう過ごそうかと考えることはもうない。
1日の大半を保育園で過ごすのだ。
毎日のお出かけや、おひるごはんや、メインのイベントはみんな保育園でやる。多くの「初めて」を保育園で経験する。
それを見守るのは私ではなくて、保育士さんである。
「働きたいから」と入園させることを決めたのに、どうしても切ない。
ぼうっと過ごして、時間きっかりに迎えにいった。
よそよそしく近づいてくる子を、数時間ぶりに抱っこする。今日残りの時間を使って、この子と少しでいいのでお散歩したり、なにかを一緒に体験したいと思った。センチメンタルである。
さくたろうくんとの出会い
さくたろうくんと出会ったのはそんなときである。
外は寒いが、桜は満開近いはず。近所の公園へ行った。
桜は素晴らしかった。「アッ」と言って、子も指さしていた。
広場は、親子連れでとても混んでいた。
ベンチがあり、子がそれに向かって歩き始めたので追いかける。
「あれ?また来たの」
そのとき、声をかけてきた男の子がいた。
さくたろうくん(仮)である。
実は昨日も公園で会ったのだ。
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「赤ちゃん、かわいい!俺、赤ちゃんが欲しいんだ!」
と話しかけてきて、笑ってしまった。
坊主頭で、声がものすごく大きかった。
「俺、さくたろう!」
なんて爽やかな子だろう。
私は大人になってから、幼稚園〜小学生くらいまでの子とほとんど話したことがなかった。たまに遭遇しても何を話していいかわからない。
突然暴力的になるし、シャウトしたり話し続けたり、予想はつかないわりに知恵があることもわかるので、どう対応していいかまごついてしまうことが多かった。
しかし、さくたろうくんはとても話しやすかった。
普通に話しかけてくるので普通に答え、普通に質問し普通にいっしょに歩いた。
「春から小学生になるんだ」
「じゃあ、ドキドキだね」
そんな感じの、とても心地よい空気だった。
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やさしいジャイアン
ベンチは、さっきまでくつろいでいた犬が落としたらしい、真っ白な毛がびっしりついていた。
「うわあ、汚いね」
さくたろうくんの隣の男の子が言った。自転車に乗っていた。友達だろうか。
一見怖そうな、ジャイアンみたいに大きな体の男の子だった。
その子は「触らないほうがいいよ」と子に声をかけてくれていた。
子のほうは、彼をじっと見て、小首を傾げてにこにこしていた。
「何歳?」と聞くと、さくたろうくん は「6」もう1人の子は「9」と答えた。
小さな子どもに興味津々なようで、観察したり話しかけたりしていた。
なんとなく「友達?」と2人に聞くと、
「初めて会った」と2人はおのおの答えた。
初対面なんだ…。
初対面でこの感じ、この自然に一緒にいる感じ、懐かしい。
大人は挨拶したって自己紹介したって一緒にいないような感じがすることも多いのに。多分この子達はお互いの名前なんて知らないだろう。知らなくても別に遊べるのだ。
子が別のベンチに向かって歩き出すので追いかけると、2人もついてきた。
「どこいくの?」
「あ、座りたいのかな」
さくたろうくんが子の隣に座って、「男の子、赤ちゃん、男の子、」と席順を指さしていく。
えっ次私かしら。私はなんて呼ばれるんだろう?おばさん?それともお姉さん?などとドキドキしていると、
「…それとお母さんがここ」
と言われた。はい、そうですね。なんかつまんないけどどうもありがとう。私を入れてくれてありがとう。
なんだかわくわくしていた。ママ友との遭遇なんてメじゃないくらいに、知らない小学生2人との時間が面白い。
裏の道で
さくたろうくんが子と手を繋いで歩きたがり、手を引かれた子は何度か転んでいて、
もう1人の男の子が「もっとゆっくりにしよう」と落ち着いて声をかけていた。
素敵な子だ。「弟か妹いるの?」と聞くと、弟はいないが、いとこが1才なのだそう。
きっと、よく一緒に遊んでるんだね。
子がずんずん奥に進んで行って、ふだん歩かないような裏の道を歩いた。
子は石を拾い、放り、バケツに溜まった汚い水をぱちゃぱちゃ飛ばしては濡れた手を男の子たちの方に伸ばし、動揺させていた。
ブロックの穴に枝を差し入れては拍手を要求していた。
9才の子は、大きな体を丸めてしゃがんで、拍手してあげていた。
やさしいジャイアンである…。普段はかなり忙しい生活をしているらしい。習い事がたくさんあるそうで、毎日20キロのダンベルを持ち上げているらしい。
「新しい年号をどう思うか」と聞くと、「そんなに気に入らないね」と言うようなことを言っていた。もっと、龍とかそういう字を使うべきだと主張していた。私は、芋とかそういう字を使うべきだと思う。
私はふーんと言いながら、この人との会話が新鮮で楽しいなあと思っていた。
今日は夫と朝別れて、子を保育園に預けて、迎えに行って、それ以外の会話をしてなかった。えんえん泣いてたし、寂しい気持ちで表面的な会話をするのも無理だった。
子のおかげで、ずいぶん社会につないでもらっている。
やさしいジャイアンは、そのあとは「これは椿かどうか?」などと言いながら、花の蜜を吸っていた。小学生はよくわからない。
バイバイ
1時間くらい遊んでいただろうか。さくたろうくんが先に帰り、私と子もそろそろ帰ることにした。
9才の子は、別の友達を発見したらしい。別れ際に名前を聞いて、感謝を伝えた。
彼は「俺も入れてー」と野球の輪に入って行った。
すると、子は彼が去ったことに気づき、追いかけた。
追いかけて、バイバイをしていた。まだうまく手を振れなくて、ピラピラ手のひらを返すようなバイバイだが、男の子も嬉しそうにバイバイをしてくれた。
赤ん坊もいいが小学生も悪くない
小学生っていうのも、悪くないなと思った。
子どもは少し大きくなってしまうと可愛くなくなるのだろうと思っていた。3才までどれだけ可愛さを見れるのかが大事だと思っていた。が、小学生もなかなか面白い。見所がある。
小学校の春休みはもうすぐ終わる。小学校が始まっても、また会えるといいなと思っている。彼らがなにか困ったことがあったとき、少しだけ役に立つ大人になりたい。親でも、親戚でも先生でもない、知り合いの大人。大した大人じゃないが、少しくらいは力になれる。
保育園のはじまった寂しい時期の、すてきな出会いであった。
追記:
みんなに拍手してもらった動画を見ていたら、子が画面に向かってバイバイをしていた。
遊んでくれた子達の顔を覚えていて、あいさつしているんだと思う。
この動画は私の宝物である。