夫婦2人で無職だけどブログ

ただいま夫婦で無職ですが、愉快に暮らしています。

問いを立てる気持ち良さ。山田ズーニー『あなたの話はなぜ「通じない」のか』

伝わらないわたし

悩みがあった。私が何かを説明するとき、相手に伝わらない、ということだ。ちっとも伝わらない。

 

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先日病院に行ったときは、「症状を説明する」というごく簡単なやりとりでも、先生は私の話にぽかんとする。その一方で、夫の説明にはすっと納得している様子であった。

夫が先生の好みのタイプだったという可能性も万に2つくらいはあるかもしれないが、意地悪な先生ではない。わからないふりをしているわけではないのだ。

私はわかるように話してるつもりだ。だからこそ、ショックなのである。


なんでだろう。逆に顔か、顔が悪いのか。
顔のせいであればまだよい、私の話し方の何が悪いのか。普通と違うのか。

 

そうしてもう一つ。私の会話はつまらない。

 

ぼーっとしていて、大抵のことに反応が遅い。「なんか」「感じ」「たぶん」「かも」など、クッション的なあいまいな単語を使うことが多い。

何か聞かれたときには、自分の気持ちや意見よりも、相手の求めている答えを言おうとしてしまう。

 

相手の欲しい返答をしようとすればするほど、その実は全然思っていないことを言うことになり、中身のない返答になるので、相手は結局ぽかんとする。

 

そんな残念トーカー(talker)の私、本屋でこの本を見つけた。

 

あなたの話はなぜ「通じない」のか (ちくま文庫)

話の通じない人、通じる人の話。

 

この本を読んでいた10日あまりのあいだ。わたしははっきりと、「何を言っているのかわからない残念な人」から、「話が通じる人」になってたと思う。「意見をはっきり言える人」であったと思う。

 

心に強く残ったのは、いい「問い」をたてるということと、論理的に話すということ。

 

問いを立てることは気持ちが良い

 

問いを発見せよ、という。もやもやごちゃごちゃしている問題から、「なぜ〜なのか?」「どうやったら、〜できるのか?」というクエスチョンを取り出す。いっぱい取り出す。

問いを全然出せない状態を、「思考停止」 と呼ぶそうだ。

 

私は日頃うつうつと考えがちで、そのくせ結論も方法もでてこない。頭の中がモヤがかっている感じは大変気持ちが悪かった。

 

そこで、「あの人はすごいなあ、それに比べて自分はだめだなあ」とモヤモヤと思っていることについて、問いを立ててみた。

「どんなところがうらやましいのか?」

「どうやったら、あの人みたいにできるだろうか?」

 

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あの人の、どんなところがすごいと思うのか、うらやましいのか、自分もできるようになりたいのか。

ごちゃごちゃもやもや思っているだけの感情を、一つ一つ具体的な問いに起こしてみると、いじけた気持ちがほぐれた。

 

そして問いの形にすると、答えを書きたくなるもので、自分にできそうな手段を考えついた。

終わってみると、得体の知れない気持ち悪いものが、わくわくする次の目標になっていたのだ。最高。不思議。

 

ろんり的に話す

感治課長なる人物が登場。彼は送別会で、だらだらと思いつくまま話す。あれもよかったね、これも素敵だったね。棘もない炎上もしないが相手を感動させることもない。

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そうではなくて、話すときには問いを共有し、意見と根拠をセットで言うとよい。 意見と根拠、意見と根拠で組み立てよ。

 

97ページには、

「ああもいい、こうもいい」から脱却し、「自分はこう考える」を打ち出すことから始めよう。

 

とある。

がつんときた。

言葉を発するということは、考えるということなのだ。

 

わたしはまさしく感治課長だった。課長ですらないから、ただの感治。感治マン。

 

会話は、来た球をなんとなく、相手を傷つけないようにふわふわと打ち返すことではないのだ。

「意見を言う」ということは、何を言うかを決めること。何を大事とするかを決めるということ。

 

 

伝わる言葉 

何を大事と考えるか、決めていいのだ。

 

自分が決めていいのだ。

 

相手の欲しい答えを察して、相手の気分を害さないようにすることは重要なことではない。楽しいことでもない。必要なことでもない。

 

問いを立てること。モヤモヤを晴らして、冴えた頭でいること。好きな自分でいること。

自分の意見を根拠と一緒に伝えること。決めをつくるということ。

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普段ふわふわと対応しているだけの私の頭の中に、意見と根拠というテンプレートを入れるとすごく新鮮だった。無職の折、試す場所が限られているのが残念だが、歯医者の予約時などにものすごく快活に応対した。

 

モヤモヤの晴れた自分は、いつもよりよかった。

不思議と、きびきび話している自分がいた。いつもなら自身がなくて消える語尾、最後まではっきり言える自分がいる。そんな自分は愛せると思った。

 

そう考えると、今までの自分が「通じなかった」というのは、自信のなさが原因だったと思う。自信のなさそうな人の話は、なんとなく信じがたい。頼りがたい。つまらなそう。

「本当?この人」「大丈夫?」と思われていただろう。

 

声の小ささと顔は変えられないが、話し方は変えられる。話す内容は変えられる。

何を大事と考えるかを決め、意見を伝えることを重ねていくと、「ちゃんと考えている自分」がいた。何を大事と思っているかをはっきりさせることが、こんなに気持ち良いことだなんて。

 

コミュニケーションって、面白い。

 

読み終えてから1週間も経つと、だんだんバカの話し方になってきていた。何度も何度も、読み返す!影響を受け続けたい一冊。

 

 

あなたの話はなぜ「通じない」のか (ちくま文庫)

あなたの話はなぜ「通じない」のか (ちくま文庫)